DCブランド年表(制作中)

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1960(昭和三五)年
イベント
 コシノジュンコ、第7回装苑賞を最年少(19歳)で受賞。同回では、松田光弘、高田賢三もリズムミシン賞(佳作)を受賞している。

 

1961(昭和三六)年
イベント
 高田賢三、第8回装苑賞を受賞。

 

1963(昭和三八)年
イベント
 三宅一生、第一回コレクション「布と石の詩」を発表。

 

1964(昭和三九)年
ブランド
 菊池武夫、注文服(CM用コスチューム等)の制作をスタート。

 

1966(昭和四一)年
ビジネス
 5月、『森英恵流行通信』創刊。

 

1967(昭和四二)年
イベント
 山本寛斎、第21回装苑賞を受賞。

ビジネス
 3月、松田光弘、数寄屋橋阪急にブティック、ニコルを開店。
 3月、コシノジュンコ、北青山にブティック、コレットを開店。

ブランド
 3月、松田光弘、ファッション・ブランド、ニコルを立ち上げる。

 

1968(昭和四三)年
イベント
 熊谷登喜夫、第24回装苑賞を受賞。

ビジネス
 4月、西武百貨店渋谷店、開業。
 11月、青山にニコル直営店1号店がオープン。
 花井幸子、銀座に「マダム花井」をオープン。
 西武百貨店渋谷店A館にファッション・コーナー「カプセル」開店。

ブランド
 花井幸子、マダム・ハナイをスタート。

 

1969(昭和四四)年
イベント
 山本耀司、第25回装苑賞と遠藤賞を受賞する。
 田中三郎、第26回装苑賞を受賞する。

ビジネス
 『森英恵流行通信』が『流行通信』に誌名変更。PR誌からファッション誌へ。

ブランド
 川久保玲、コム・デ・ギャルソンを立ち上げる。 

 

1970(昭和四五)年
ビジネス
 3月、『an・an』創刊。
 4月、三宅一生、三宅デザイン事務所を設立。
 4月7日、 高田賢三、パリで「ジャップ」を開店。
 7月、菊池武夫、稲葉賀恵、大楠祐二、株式会社ビギを設立。
 原宿にブティック・ビギ1号店オープン。
 大川ひとみ、原宿にミルクを開店。
 伊藤美恵、青山にBUZZ SHOPを開店。

ブランド
 高田賢三によるジャップ、スタート。
 菊池武夫らによるビギ、スタート。
 大川ひとみ、ミルクを立ち上げる。
 伊藤美恵、BUZZ SHOPをスタート。

 

1971(昭和四六)年
イベント
 三宅一生、ニューヨークで第一回目のコレクションを発表(日本人初)。
 5月、山本寛斎、ロンドンでの最初のショー「カンサイ・イン・ロンドン」を開催(日本人初)。

 ビジネス
 1月、山本寛斎、株式会社やまもと寛斎を設立。
 10月、松田光弘、株式会社ニコルを設立。
 11月、三宅一生、イッセイ・ミヤケ・インターナショナルを設立。
 花井幸子、株式会社花井を設立。

ブランド
 ニコルから金子功デザインのピンクハウスが誕生。
 BA-TSU、スタート。

 

1972(昭和四七)年
イベント
 山口小夜子、パリ・コレクションにデビュー。
ビジネス
 山本耀司、株式会社ワイズを設立。
 中野裕通、株式会社ニコルに入社。

ブランド
 田中三郎、アトリエ・サブをスタート。
 稲葉賀恵、モガをスタート。

 

1973(昭和四八)年
イベント
 三宅一生、パリ・コレクションに「イッセイ・ミヤケ秋冬コレクション」で初参加。 高田賢三、パリ・コレクションに初参加。
 山本寛斎、デヴィッド・ボウイのNYコンサートでの衣装を担当。

 ビジネス
 川久保玲、株式会社コム・デ・ギャルソンを設立。
 5月、山本寛斎、ブティック寛斎(原宿店)を開店。
 6月、山本寛斎、KANSAI SUPER STUDIOを設立。
 6月、渋谷パルコ パート1が開業。

 

1974(昭和四九)年
イベント
 1月、東京のオリンピック記念青少年総合センターで、山本寛斎と三宅一生によるジョイントショー「ISSAY WITH KANSAI‥SHOW」開催。
 山本寛斎、パリコレクションに初参加。

ビジネス
 3月、三宅一生、イッセイミヤケ一号店を外苑前、パズル青山ビルに開店。

ブランド
 松田光弘らの提唱で「TD6」(トップ・デザイナー・6)が発足。メンバーは松田光弘(ニコル)、菊池武夫(ビギ)、山本寛斎(やまもと寛斎)、金子功(ピンクハウス)、コシノ・ジュンコ(ジュンココシノ)、花井幸子(ユキコハナイ)。
 3月、松田光弘、ムッシュ・ニコルでメンズに進出。
 大川ひとみ、ミルク・ボーイを立ち上げ。メンズに進出。

 

1975(昭和五〇)年
イベント
 川久保玲、東京コレクションに原宿パレ・フランスのショーで初参加。

ビジネス
 山下和正設計によるフロム・ファースト・ビルが南青山に竣工。
 川久保玲、コム・デ・ギャルソン青山店をフロム・ファースト・ビルに開店。
 9月、三宅一生、パリにイッセイミヤケを海外1号店として開店。
 12月、渋谷パルコ パート2が開業。
 菊池武夫、ビギのメンズ部門を独立させた株式会社メンズビギを設立。
 佐藤孝信、株式会社アーストンボラージュを設立。
 田山淳朗、株式会社ワイズに入社。
 中島伊津子、株式会社ニコルに入社。

ブランド
 MEN'S BIGI、スタート。
 MEN'S BA-TSU、スタート。
 アーストンボラージュ、スタート。

 

1976(昭和五一)年
ビジネス
 6月、『POPEYE』創刊。
 6月、三宅一生、イッセイミヤケをフロム・ファースト・ビルに開店。
 山本耀司、初の直営店を青山ベルコモンズに開店。
 中野裕通、株式会社ビギに入社。
 原宿にパーソンズ1号店が開店。

ブランド
 8月、三宅一生、イッセイミヤケ・メンをスタート。
 パーソンズ、スタート。
 コムサ・デ・モード(ファイブフォックス)、スタート。

 

1977(昭和五二)年
イベント
 山本耀司、東京コレクションに初参加。
 山口小夜子、『ニューズウィーク』の「世界のトップモデル6人」に選ばれる。

ビジネス
 津守千里、株式会社イッセイミヤケインターナショナルに入社。
 10月、山本寛斎、パリにブティック寛斎を開店。

ブランド
 津守千里、イッセイミヤケスポーツのデザイナーに就任。
 ビバユー(VIVA YOU)、スタート。

 

1978(昭和五三)年
イベント
 コシノ・ジュンコ、パリ・コレクションに初参加。
 菊池武夫、パリ・コレクションに初参加。日本人初のパリでのメンズ発表。

ビジネス
 10月、ラフォーレ原宿、渋谷区神宮前交差点に開業。
 菊池武夫、パリに株式会社メンズ・ビギ・ヨーロッパを設立。
 山本耀司、フランスにyohji Europe s.a.r.lを設立。

ブランド
 アバハウス、スタート。

 

1979(昭和五四)年
イベント
 9月25日、YMOの『ソリッド・ステイト・サヴァイヴァー』が発売。テクノポップ、テクノカットの流行のきっかけとなる。

ブランド
 山本耀司、メンズの制作を始める。

 

1980(昭和五五)年
イベント
 安部兼章、第48回装苑賞を受賞。

ビジネス
 熊谷登喜夫、TOKIO KUMAGAI ABC DESIGN PARISをパリに設立。
 小西良幸(ドン小西)、株式会社フィッチェ・ウォーモを設立。
 株式会社パーソンズが設立。

 

1981(昭和五六)年
イベント
 川久保玲、パリ・コレクションに初参加。
 山本耀司、パリ・コレクションに初参加。
 山本耀司、田園コロシアムで有料ファッションショーを開催。約7000人を集める。
 島田順子、パリ、東京コレクションに初参加。

ビジネス
 9月、渋谷パルコ パート3、開業。
 熊谷登喜夫、パリにブティック1号店を開店。
 島田順子、パリにジュンコ・シマダ・デザイン・スタジオを設立。
 中野裕通、株式会社サンエー・インターナショナルに入社。

ブランド
 12月、三宅一生、プランテーションをスタート。
 小西良幸(ドン小西)、フィッチェを立ち上げる。
 稲葉賀恵、ヨシエイナバを立ち上げる。
 コムサ・デ・モード・メン(ファイブフォックス)、スタート。
 ペイトンプレイス(ファイブフォックス)、スタート。

 

1982(昭和五七)年
イベント
 川久保玲がパリ・コレクションで発表した「黒服、穴開きニット」などの作品が山本耀司の作品とともに「黒の衝撃」と呼ばれるインパクトを与える。
 山本耀司、ニューヨーク・コレクションに初参加。

ビジネス
 川久保玲、パリにCOMME des GARÇONS S.A.S設立。
 川久保玲、パリにコム・デ・ギャルソンの店舗を開店。
 金子功、株式会社ピンクハウスを設立。
 田山淳朗、エム・ティーカンパニーを設立。
 1月、松田光弘、米国にMATSUDA U.S.A. INC.を設立。
 3月、松田光弘、ニューヨークにマツダ・ニューヨークを開店。

ブランド
 金子功、インゲボルグをスタート。
 田山淳朗、A.T.をスタート。

 

1983(昭和五八)年
イベント
 5月、松田光弘、ニューヨーク・コレクションにてMATSUDAを発表。
 川久保玲、第一回毎日ファッション大賞を受賞。

ビジネス
 川久保玲、ニューヨークにコム・デ・ギャルソンの店舗を開店。
 三宅一生、イッセイミヤケ・メンの店舗を南青山に開店。

ブランド
 熊谷登喜夫、トキオクマガイ(レディース)を発表。
 津守千里、イッセイミヤケスポーツをI.S. チサト・ツモリ・デザインに変更。チーフデザイナーとなる。
 中島伊津子、ニコルのチーフデザイナーを松田光弘から引き継ぐ。
 田中三郎、アトリエサブ・フォー・メンをスタート。

 

1984(昭和五九)年
イベント
 山本耀司、パリ・コレクションで初のメンズを発表。
 川久保玲、パリ・コレクションで初のメンズを発表。
 三宅一生、第二回毎日ファッション大賞を受賞。
 安部兼章、東京コレクションにケンショウで初参加。
 『an・an』9月21日号に、「現代思想界をリードする吉本隆明の『ファッション』」の記事掲載。コム・デ・ギャルソン論争起こる。

ビジネス
 山本耀司、株式会社ヨウジヤマモトを設立。
 セーラーズの店舗が渋谷にオープン。

ブランド
 安部兼章、ケンショウを立ち上げる。
 中野裕通、ヒロミチナカノをスタート。
 パーソンズ・フォー・メン、スタート。
 セーラーズ、スタート。

 

1985(昭和六〇)年
イベント
 コシノ・ジュンコ、北京で中国最大のショーを開催。
 高田賢三、第三回毎日ファッション大賞を受賞。
 津守千里、第三回毎日ファッション大賞新人賞を受賞。
 2月、三宅一生、イッセイミヤケ・メンとしてパリコレクションに参加(85AW)。
 4月、読売新聞社主催の東京プレタポルテコレクション開催。
 11月、東京コレクション(86SS)開催。第一回。
 やや『夜霧のハウスマヌカン』、ヒット。

 ビジネス
 菊池武夫、メンズビギから株式会社ワールドに移籍。
 安部兼章、株式会社安部兼章コンセプトスタジオを設立。

ブランド
 菊池武夫、移籍に伴い新ブランド、タケオキクチを立ち上げる。
 熊谷登喜夫、トキオクマガイ・オムを立ち上げる。
 7月、東京ファッション・デザイナー協議会「CFD」発足。

 

1986(昭和六一)年
 イベント
 山本耀司、第四回毎日ファッション大賞を受賞。
 田山淳朗、第四回毎日ファッション大賞新人賞を受賞。
 7月18日発売の、『フライデー』(8月1日号)に「『押すな押すな』と学校さぼった若者五千人、DCブランドのバーゲンはオバさんいません」の記事掲載。新宿丸井ヤング館での行列を報じたもの。同号は、7月11日に新宿の丸井三店だけで8万人の客が入ったと報じる。
 7月25日、丸井渋谷店、ラフォーレ原宿で行われたDCブランドのバーゲンに開店前、300メートル近くの行列。各地で行列続く。

ビジネス
 5月、『MEN'S NON-NO』創刊。
 12月、松田光弘、パリにMATSUDA FRANCE S.A.R.L.を設立。

 

1987(昭和六二)年
イベント
 熊谷登喜夫、第五回毎日ファッション大賞を受賞。
 安部兼章、第五回毎日ファッション大賞新人賞を受賞。

ビジネス
 9月、松田光弘、パリにマツダ・パリをオープン。

ブランド
 10月25日、熊谷登喜夫、エイズにより亡くなる。

 

1988(昭和六三)年
ビジネス
 島田順子、東京にジュンコ・シマダ・インターナショナルを設立。

ブランド
 3月14日、中島伊津子、自殺する。

 

1989(昭和六四・平成元)年
イベント
 中野裕通、第七回毎日ファッション大賞新人賞を受賞。

 

1990(平成二)年
ビジネス
 9月、株式会社イッセイミヤケ・インターナショナルから株式会社イッセイミヤケに改称。

 

この年表は制作中のものであり、内容の正確性を保証するものではありません。