生前服

生まれる前に生きるもの。毎月1日と15日更新。

生前服

プロフィール

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大阪の風景

名前:はつろく(はつろく・さき)
twitter:@hatsusix
Pixiv:https://www.pixiv.net/users/15698386


広島県出身、大阪府在住。犬派。


好きなブランド
コムデギャルソン/ヨウジヤマモト/イッセイミヤケ/ミナペルホネン/フレッドペリー/ドクターマーチン/他多数!

 

ファッション遍歴

  • なんとなく好きな服の傾向(襟がある、無地)はあったがブランドに興味がなかった
  • パンク→モッズというカルチャーの流れでフレッドペリーを知る。初めて「ブランドのお店」に行き、オックスフォードシャツを買う(ポロシャツを買え)。しばらくフレッドペリーばかり着ていた。
  • カルチャーとファッションとの関係が面白くなり、もともと好きだった「日本の80年代」に対応するファッションを着たいと思うようになる。DCブランドに行き着く。
  • ヨウジヤマモト、イッセイミヤケを買ったりブランド古着を買ったりする。お金がなくなる。このころ裏原ファッションにも惹かれ、アンダーカバーなども着ていた。お金がなくなる。
  • 川久保玲さんについて知るなかでコムデギャルソンが大切なブランドになる。また、展覧会や著作をきっかけに皆川明さんのミナペルホネンも好きになる。
  • 現在はこれまで出会ってきたブランドの服を着るほか、仕事で量販店のスーツを着、家にいる日は一日中イオンの服を着ている。

 

80年代について
 80年代との出会いは薬師丸ひろ子さんの「セーラー服と機関銃」だった。この歌をBSでやっていた彼女のコンサート映像で聞いた瞬間「テレビから流れてくるもの」でしかなかった「音楽」というものが、選択して聞くものに変わり、80年代歌謡曲の面白さに魅せられるようになった。またそこから発展して角川映画、『バラエティ』や『月刊歌謡曲』のような雑誌の世界にも惹かれ、さらには別方面から好きだった大友克洋さんや高野文子さんの漫画、機動警察パトレイバーなどのアニメーション、小学生のころからなぜか気になっていた豊田商事事件などのさまざまな事件——自分が幼少期から継続して興味を抱いてきたさまざまな現象が80年代という時代に収束していくにつれ、80年代のために、彼女/彼をもっと理解するために生きたいと考えるようになった。

 

宣言の・ようなもの  
 いちばん好きな映画は、市川準の『BU・SU』で、話も富田靖子も映像の美しさも原由子の歌も全部好きなのだけれど、なかでも「街」の美しさに釘付けになる。このころの、この東京に行きたいな、と思う。
 今住んでいる大阪だってそうだ。扇町ミュージアムスクエアに、心斎橋筋二丁目劇場、北浜にあった中島らもの事務所……八〇年代の街は、私にとって文化的で、美しくて、写真を見ているだけで胸がつっかえてきてしまう。私は生まれてないどころか、両親さえ出会っていなかったのに。
 あの「街」はどこに行ってしまったのだろう。文化はすべて解体されていく。上にあげた大阪の場所はすべてない。東京も『BU・SU』に出てきたWAVEは消え、跡地には六本木ヒルズのメトロハットが建っている。それは巨大な広告塔である。
 まあ美しい「街」だって、パワハラや女性差別の旧弊をいっぱい抱え込んではいたのだろう。良いことばかりはあり得ない。『BU・SU』の麦子もあの色とりどりに光る東京の中で、ホテルに連れ込まれそうになるのだから。
 でもあの「街」から——麦子が男を振り切ってまた雑踏へ歩き出すように、あの「街」から——そうした暗部を取り除いて、やっていく道が今とは別にあったのではないか。あれだけのお金とあれだけの熱気とを全部蕩尽して、最後に広告塔を一つ打ち立てるより、もっともっと「まし」ななにかが。でもそうはならなかった。あの「街」はもう死んでしまった。どこかで決定的に、漸進的に、「私」たちが間違えたから。
 『BU・SU』の麦子がいた「街」はいつ、どのようになくなったのか。岡崎京子の描いた『東京ガールズブラボー』の金田サカエが憧れた「ニューウェーブ」な東京は、いつ姿を変えたのか。あの「街」にはたった一度も行くことができない。けれど、愛する人が死んだなら、私は聞いてみたい。「なんで死んだの?」